johnathanTのブログ〜双極性障害について〜

どうも!ジョナサンのブログです。精神疾患を患ってる方へのサポートが少しでも出来るようなブログを発信していこうと思います。

<うつ病で診断が出てる方必見!>本当は双極性障害のうつ病相だったのかもしれなかった。うつ病の診断が出た一回目の休職に至るまで。

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どうもジョナサンです!
 

この記事はこんな方におススメです。

・これから休職に入る方

・単極性のうつ病の診断が出ているが、実は違うんじゃないかと疑ってる方。

・単極性のうつ病の治療をしているけど中々良くならない方

双極性障害の疑いのある方


とりあえず、まずなぜ私がうら若き23歳にして、うつ病の診断で休職することになったのか、書いていこうと思います。

 

私は、2012年入社で、

2014年1月~9月までうつ病性障害(当時の診断は)で一回目の休職をしました。 

その後復帰し、

2015年11月~反復性うつ病性障害(当時の診断は)で2018年5月まで二回目の休職の後退職しています。

2017年3月頃に正式に双極性障害の診断が下っています。

そこからずっと双極性障害の治療を続けていて、当時を振り返って思うことも合わせて

書いていこうと思います。

 

新卒で化学メーカーに入社。大阪支店に配属。


都内の大学を卒業した後、新卒で化学メーカー(いわゆる大手企業でしたね)に就職しました。
最初の配属先が東京の本社勤務になると信じ切っていた私ですが、
入社初日に配属先を命じられました。

大阪支店/某樹脂着色剤の営業部(会社特定されちゃうんで詳細は伏せますね笑)・・・・・・・・・・・・・
あまりの衝撃にしばらく言葉も出ませんでした。
嫌すぎて、帰りどうやって帰宅したのか覚えていません。
実家の最寄り駅ついた瞬間、喫煙し始め10本くらいぶっ続けで吸った気がします。

今思うと大きい会社/転勤のある会社で勤める覚悟が決まってなかった自分が悪かったんですけどね。。。本当に何も考えず就職したので。
入社初日から配属先である大阪に行くまで2週間しかなかったんで、その間荷物詰めたり大忙しでしたね~。

と、そんな感じで大阪に辿り着き出勤初日、直属の上司から最初に渡されたのが「夜の付き合いのスケジュール」でした笑。今思うとちょっと信じられないのですが、どっぷり部署内での付き合いを大切にする部署で、社外との取引でも商社との付き合いも夜の付き合いがとっても多い部署だったんですね。

大阪住んだことある方ならわかると思うんですけど、大阪ってサラリーマンが夜の付き合いするところから皆が住んでるところまで、結構安いタクシー代で帰れちゃうんですよね。
ってことはもうわかりますよね?笑
終電なんかで夜の付き合いが終わらないんです笑

襲い掛かる、夜の付き合い地獄。痔になり、手術を受ける。


と、終電なんかでは終わらない夜の付き合いが非常に多い部署に配属された私でした。

初めて商社との定例会の後の夜の付き合いで1時過ぎまで飲んで、タクシーで帰って、あまり寝てないまま翌日出勤(出勤時間は部長以外皆きっちり守ってたのも驚きでした)し、座学を受けていたのですが、初めて人と話ながら眠りそうになりました。笑 8年ほど前ですが今でも覚えてます。

化学メーカーの営業という仕事を舐めていた自分が完全に悪いんですが、業界の構造自体古いため、夜の付き合いどうしても多くなるんですよね。付き合いで成り立つ商売と申しますか。。。そこに来て私、人付き合いあんまり得意じゃないんですよね。じゃあ営業なんか希望すんなよって話になるんですけど、しゃべりは立つので面接官とかからは営業向きだと思われてしまうんですよね。

というわけで夜の付き合い(まあ社外は仕事として割り切れたのですが)めちゃくちゃ精神的にも体力的にもストレスでした。

あと当時の部署の部長がかなり体育会系の方で、吐くまで飲ませてきたり食べさせてきたり(この風習は本当に当時の会社の当時の部署だから許されていたことだと思うのですが)、私に期待してたからなのでしょうが、わけわからんことで罵声を浴びせてきたり、東京から出てきたばっかりなのにもうちょい手加減してくれよ(笑)って思ってました。人付き合い苦手なんで、当然体育会系ノリも苦手だったんで、当時の部長はめちゃめちゃ苦手というかストレスでしたね。

一番応えたのが部長から直接「先輩からの夜の付き合いの誘いには絶対断ってはいけない」という命令が下されたことですね。こっちは早く帰りたいのに、毎日誰かから夜の付き合いの誘い来るんじゃないかと戦々恐々としてました笑

そんな新天地での慣れない生活+夜の付き合いでの不規則な生活+対部長のストレス 等あってさっそく入社2~3か月で痔になりました。笑 切れ痔といぼ痔両方です。読者の方はなった方以外あんまり想像できないかもれないですけど、痔って進行してくるとめちゃくちゃ痛いんですよね。日常生活に支障が出るレベルでした。痔って食生活改善したり、規則正しい生活送らなきゃいけないのに、夜の付き合いめちゃ多い部署だったんで当然摂生もできず。。。。

入社半年したあたりで痔の手術(ジオン注射という有名なやつです)を受けました。その翌日(普通手術とか受けた翌日夜の付き合い誘うか?!笑)部長から夜の付き合いに連れてかれて、吐くまで食べさせられたとき、思わず「このおっさんぜってーやり返してやる」ってなりましたね。私もタランティーノの映画とか好きなんでやり返すの好きなんですよ笑

人事に通報。入社1年目秋冬の軽い抑うつ状態から、入社2年目春夏の軽躁(躁)状態へ。


部長への仕返しを誓ったその日から、一か月後位に新入社員の人事面談がありました。もうその時の面談で如何に部長が普段傍若無人な対応を取ってくるか、吐き出しました。
今考えると本当に人に優しい会社だったので、人事部長の方から直接部長に話がいったみたいで、そこから部長から私への対応が大分変りましたね。無理矢理飲み食いさせたりしてこなくなったし、なんというか私のことを可愛がるようになっていった気がします。

ただ痔の痛みは結局手術しても良くならず。。。痔の痛みを抱えたまま、営業の仕事をしていました。今思い返すともう当時から双極性障害の予兆みたいなものは始まっていました。冬場ずっと軽い抑うつ状態が続くというか気分がすっきりしないんですよね。まあ痔の痛みもあったからかもしれませんが。

秋冬とそんな感じで忙しく仕事をし、丁度1年目の3月くらい(暖かくなり始めたころ)から軽い抑うつ状態が治ってきて気分もすっきりし始めました。もうこれその当時から季節性のある双極性障害だったんでしょうね。痔もまあ切れたり治ったりを繰り返してはいたのですが、ある程度付き合えるレベルになっていきました。

そして入社2年目に突入し、仕事も軽く慣れてきました。

2年目くらいからもうこいつは大丈夫だろうと判断されて夜の付き合いもまたよく誘われるようになり、

社内外の付き合いも結構参加し、

ガンガン技術とお客さんの間に入って仕事するようになりました。大体その時期(入社2年目の4月~9月)が今考えるとハイというか万能感に満ちていましたね。

夜中の3時とかまで会社の付き合いがあった直後、

朝起きて同期と車出して香川県に旅行にいったり。

土曜から日曜にかけての夜中1時集合で車に乗って高知県まで行ってサーフィンして、大阪に帰ってくるのは夜中の23時でぐったり疲れた状態で朝起きて月曜日仕事行ったり。

夜中の4時ごろまで接待して翌日普通に会社行ったり。

それで時間あるときはプール行ったり筋トレしたりしてましたね。ハイパー躁状態の無茶なタイ出張をしたり。

性欲も溢れんばかりでした。
まあバリバリやってたんですよね

そして9月末ごろからとうとう来ました。
反動で体の不調が!

降り注ぐプレッシャー。入社二年目の秋に一気に具合が悪くなり始める。逆流性食道炎発症。


ハイな状態が社会人2年目の4月~9月頃まで続いていたのですが、実は9月に入って急な周囲の変化が発生しました。
・当時の直属の上司のタイ赴任が決まる(翌年の1月から)
・大口ユーザーの担当が決まる(翌年の1月から)
・当時担当していた市場の、偉い人達の前での発表が決まる(9月末)

当時の直属の上司(Mさんとしておきましょうか)がめちゃくちゃ仕事できる人で、
なおかつ当時の部長からの信頼も厚かった方だったんですよ。
仕事面でも、部長とのやり取りに関する所でも、かなりMさんに頼り切りの私でした。
当時の部署はMさんで持ってるような部署で、まああんま仕事で頼れる人他にいなかったんでよね。なにより当時の部長とのやりとりで間に入ってくれる人がいなくなる。。。自分一人で全部判断/交渉しなければならなくなる。。。

正直いって「本当俺どうなっちゃうんだろう。。。。」ってプレッシャーが凄くて。。
仕事も大口ユーザー担当することになって、そのプレッシャーもあって、9月末での発表会での資料作りとかで結構根詰めてやってて、その辺のプレッシャーもあり。
9月はプレッシャーだらけでしたね。

今考えるとですけど、4月~9月までのハイな状態から、一気にジェットコースターが落ちるように、具合が悪くなっていった原因の一つに4~9月無茶してた反動もありますが、9月あたりにかかってたプレッシャーとかもあったかもしれません。双極性障害の躁病相から鬱病相に転じるきっかけの一つになってたのかな。

9月末の発表会もうめちゃめちゃ緊張して、なんとか大きなミスなくやり遂げました。

多分そこで緊張の糸が一気に切れたあたりからかな、
急に具合悪くなり始めたのが。

今、当時の自分の症状とか書いてた手帳取り出してるんで結構詳細に書けるのですが、
10月末日の段階で、
・胃が気持ち悪い
・息苦しい
・倦怠感
を大阪でのかかりつけ医に訴えていて、
精神面での問題なのか?胃腸の問題なのか?検査とか受けたほうが良いのか?
聞いています。

とりあえず胃腸の検査ということで、
11月の頭に胃カメラを受け、逆流性食道炎の診断が出ました。
その時点での症状は、
・胸やけ(眠ってる時に目が覚めるレベル)
・えづき
・胃が気持ち悪い
・胸が痛い
・処方された薬を飲んでもよくならない!
・倦怠感
・食欲不振
などです。

明らかにおかしくなっていく私。あの時メンタルクリニックに行っておくべきだった。


10月頃から胃の調子が悪くなり、飲酒を本当に控えたかったのですが
事業部の懇親会でお酒を控えようとしたところ
Mさん(例のめちゃくちゃ仕事ができる人。10月からは上司ではなくなりました)から、もの凄い叱責を受け、「ここでこいつ飲まなかったら、一生酒飲まない営業マンになるんや!」と言われ、勘弁してくれってなりました。
なまじっか普段は優しい人からの叱責だったので、周囲も驚いてましたね。

あと、胃の調子が悪いということを相談した際、Mさんから言われたことが「うちは夜の付き合いを大切にする部署なんやから、多少胃の調子が悪くても我慢するもん」みたいなことも言われて、Mさんにそんなこと言われたらもう本当に気持ち悪くなってるのに逃げらんないじゃねーかよってなったのもよく覚えてますね。

11月頭に逆流性食道炎の診断が出たとき、診断書(飲酒やカフェインは控えること。夜9時以降の飲食は控えること。みたいな文言だった気がします)も書いてもらい、翌営業日にMさん含め、部長に見せたのですが
「営業マンなんだから飲まなきゃいけないところでは飲めよ」とさらりと言われましたね。まあその通りなんですけど。

一方、11月頃から具合が悪くなるにつれ、明らかに私の様子が周囲から見ておかしくなっていったみたいです。
実際ちょっと精神的にもおかしくなり始めたのもこの頃だった気がします。
具合悪い時に、馴染みがない大阪という土地で、ただでさえアウェーなのに、一人暮らしとかしてるとどんどん狭い世界入っていくんですよ。土日とか誰とも話さない上に、この先どうしてよいかわからず、発狂寸前でした。

Mさんからある朝突然「お前声に力が無いのと、顔がげっそりしとるけど、大丈夫か?笑」と聞かれたし
商社との懇親会で部長から一番歳が近い先輩(当時35歳位。Sさんとしておきましょう)に対して私がいる前で「ジョナサンが体壊して会社辞めたなんてことなったらお前の管理能力問われるで!」(私から言わせるといやいやSさんじゃなくてあんたの管理能力だろ笑)とか

部長から直接私に「逆流性食道炎とかなって大変かもしれんけど、皆そうやって強くなっていくもんなんや」とかとか
もう11月位から会社辞めて体休めたくなってきて、多分その辞めたいオーラとかも部長は察知してたんでしょうね。

今思うとあの時点で私がしておくべきだったことは、
メンタルクリニック・心療内科・精神科に行くことでした。

同じ様な境遇の方がもしいたら伝えたいのは、
(身体・精神両方)具合が悪いのが2週間以上続いたら躊躇わず

メンタルクリニック・心療内科・精神科に行けということです。

胃薬が効かず、胸やけ・胃の気持ちわるさが続いていた私は鍼灸治療にも手を出し始めます。あれは全くの間違いでした。治療費返してほしいくらいです。
あくまで個人的な見解ですが、確かに鍼灸治療は短時間は効くのですが、長時間は効きません。
結構通い詰めていたのですが、あれほど症状訴えて精神科に行くべきことを勧めてこなかった鍼の先生のことは、少し今でも恨んでいます。


11月末時点で主治医に訴えていた症状は、
・耳が聞こえなくなる
・めまい、頭痛
・手足がしびれ、だるい
・胸やけ、胸痛、胃の気持ち悪さ
・喉がつまる
・呼吸が苦しい時がある
・寝起きに胃が焼ける感じがする
・疲れやすい

この時点でもうやばいでしょ?笑
多分精神科通ってたら就労不能の診断出てますよこの時点で。

うつ症状が出ながらも、忘年会や接待をこなす。


商社との懇親会できちんと私の面倒を見るように指示されたS井さん(前回はSさんにしてたんですが、この後Sの付く人が沢山登場するのでS井さんにしておきましょう)、翌日私を個室に連れて行きました。何がそんなにストレスになっているのか聞かれ、
・多すぎる夜の付き合いが体力的にも精神的にもストレスになってること
・部長とのやり取りや気遣いで精神的にすり減っていること
等を伝えました。

その時、部長はジョナサンの仕事のやり方を評価しているし、期待もしているとS井さんは言い(それは事実でしたし私も認識していました)ました。

社会の厳しさを感じたのは、私がここしばらく体調が優れないことを訴えた際、
「もしジョナサンが少しでも部長とか本部長に昇進したい気持ちがあるのなら、
体調不良はなるべく訴えない方がいい。会社がこいつは体力がないと判断した人間には、郵便室送り(いわゆる左遷ですね)にすることもあるし、自分もそういう人達を見てきた。自分も、体調が悪くなった時でもなるべくそれを見せないようにしている」との回答。

出世欲が元々無かった私でしたので、もう郵便室送りでも良いよ。。。営業から外してくれよ。。。と正直その時思いましたが、S井さんからあんなこと言われたら八方塞がりになりましたね。ますます逃げれねー笑

と11月にそんな出来事もあり、12月を迎えました。
そう、忘年会/接待のシーズンですね。

私がここまで体調崩しながら仕事を続けてた理由の一つに、Mさんの1月でのタイ赴任がありました。そこまで(1月のタイ赴任日)は滅茶苦茶お世話になったMさんの壮行会含め、きっちり付き合ってから、会社を辞めたいという決意がありました。今考えると本当にバカみたいな決意ですね。(休職という選択肢はその時の私にはありませんでした。)

12月は週2、3くらいのペースで忘年会、接待、Mさんの壮行会がありましたね。
ほとんど終わるの夜の2~3時でタクシー帰りですよ。

もううつ病の様な症状も12月に入ると出始めました。
例を挙げると、
・いきなり涙がでてくるようになる
・口が異常に乾く
・全く性欲が無くなる
・寝起きもの凄い不安な気分になる
・いてもたってもいられない落ち着かない気分になる
・甘いものが異常に食べたくなる
・夜眠れない
・死にたくなる、自死したいと思うようになる
・何をしても楽しくない
こんな感じです。。。。書いててゆううつな気分になります笑

実はその時期、既に高校の同級生で、休職経験アリの友人K合(後にも登場します)君にスカイプで相談しました。K合から、眠れないことを伝えたら、精神科に行くことを勧められました。ただその時すでに胃薬含めて4種類位薬飲んでて、それ以上薬飲むことに抵抗あったため、精神科には行きませんでした。K合君からのアドバイスに従うべきでした。

夜眠れない症状が二週間以上続いたら、メンタルクリニック/心療内科/精神科に行って下さい。

私結局この後、1月から9か月位休職することになるのですが、
もし休み始めるのがもう少し早かったら復帰できるのももう少し早かったかもしれません。

忘年会/壮行会、地獄の12月。死にたかったです。早く会社辞めたくてしょうがなかったです。


地獄の12月が始まりました。
もううつの症状が出ながら実務をこなし、忘年会や接待/Mさんの壮行会もこなす。
ぼろぼろの状態でした。
仕事中いきなり涙が出そうになるのをこらえてたのを覚えてます。
デスクから立つとめまいでふらついた時もありました。
12月半ば以降会社に行くのもしんどい状況で、業務に支障も出てました。
死にたかったです。

段々部長の方も私に見切りをつけてきたのか、
今まで飲み会の幹事は基本すべて私がやっていたのですが、
S井さんに振るようになり始めていたし、
雑務の様な仕事もS井さんに振り出し始めました。

当たり前ですが、仕事へのやる気などもう消え失せ、
早く辞めたい一心でした。
会社のパソコンで業務時間中に、転職サイトのようなものも見ていました。

部長(この後も色んな部長が出てくるのでW部長としましょう)は基本的に、
前日忘年会とか懇親会で遅くなると、出社してくるのは午後以降。
こんなのが平気でまかり通ってた部署って信じられますか?!笑
だって一番部署で年収もらってる人なんですよ?!
部長という立場上、12月は忘年会とか懇親会に多く同席しなければいけなかったため、ほとんど毎日午後(遅い時は夕方)出社でしたね。

そんなW部長に「ジョナサンなんかきついきつい言ってるけど、こっちの方がよっぽどきついで」って聞こえるように言われたとき、思わず「俺はタクシー帰りでも翌朝ちゃんと出社してるし、あんたは俺の3倍は年収もらってんだからきつくて当たり前だろ!」って心の中で反駁したのも覚えてます。

Mさんの壮行会兼ねて、事業部での忘年会が12月末にありました。
もうそれも具合悪い中、プレゼント買ったり店の予約したりほんと大変だったんですよ。笑
その時は確か3軒はしごしましたね。(帰ろうと思えばその時は途中で帰れたのですが、お世話になったMさんの壮行会最後まで付き合わねばという一種の責任感があった)
家帰ったの確か朝の4時台ですよ笑。

そしてその年最後の壮行会/忘年会が来ます。
部署でのMさんの壮行会/忘年会です。
これも確か、料亭⇒カラオケ⇒ラーメン、とお決まりの3軒はしごでしたね。
一件目の料亭で皆で話てる途中、W部長が私の横に座ってきました。

「今お前のことは、M越本部長も含め誰もが評価しとるんや。
 (私の胸のあたりを触り)ただもうちょっとこの辺鍛えてくれへんと、とてもじゃないけどお前を海外出すことできへんわ。(割愛していましたが、私は就職活動時海外駐在願望が強くて、この会社((海外駐在が出来るチャンスの多い会社でした))に入社し、配属後も定期的に海外駐在したいことをアピっていました)。このままだとお前の配置転換もあり得る、事務職とかな。(多分私が退職したがってることを感じ取ったうえで)いいか、お前はいい会社入ったんやって。また別の会社入って丁稚奉公からやり直すのなんて嫌やろ?
この先もうちょっと周りからどう見られてるのかよく考えてくれや。
まあでも仕事の進め方とかでは、お前がおかしいとは思ったりせんわ。」

私「はい。。。。」

休職前最後のW部長とのやりとりです。
「あんたへの気遣いでどれだけ消耗して、どれだけストレスため込んだと思ってるんだ。。。」口にこそ出しませんでしたが、そう思いました。

結局最後の壮行会/忘年会も終わったのは夜中の2時だか3時。

翌日起きたときこれまでに感じたことのない程の疲労感を感じました。

そして仕事納めのため出社。。。

東京に帰京。友人や家族に相談し、休職することを決める。


仕事納めを終え、その年の仕事は終了。
後は、東京の自宅に帰るのみです。

最後東京に帰る前二軒寄りました。
・大阪での掛かりつけ医のところと
・11月あたりから通い詰めていた鍼の先生のところ

大阪での掛かりつけ医に病状を訴え、
私「これやっぱもう会社とか辞めた方がいいんですかね?」
医者「もうこれ以上は、心療内科とか精神科に行って欲しい」
みたいなやり取りになり、東京帰ったら心療内科/精神科に行くことを決意。

一方鍼の先生のところで病状を訴え、
私「まじで体調悪い。うつっぽい。会社やめたい。」
鍼の先生「会社やめてどうするんですか!!あと一ヵ月私に時間くれればなんとかします。」
そこの鍼灸院って、保険効かなかったんで1回6千円も取られたんですよね。
それで確か合計9万円位既にそこに使いこんでたんで私は良いカモだったんでしょう。

精神的に具合が悪くなったら鍼灸院とかに手出す前に、
まずはメンタルクリニック/心療内科/精神科に行ってください。

まずは投薬治療です。

心身共に疲れ果てた状態で、東京に新幹線で帰りました。

実は東京に帰り、以前相談に乗ってもらった高校の同級生のK合君(既に休職・復職経験アリ)とM沢君に会うことになりました。(東京に帰ったその当日だったか翌日だったか割とすぐでした)。

もう体調悪いこととか告げて会社を辞めようと思ってる旨を告げ、二人の意見を求めたところ、
K合「自分の経験を通して言うけど、退職じゃなくて休職にした方がよい。辞めるのは最後の手段にした方が良い。」

M沢「休職の手続きするやり取りとかでもストレス感じちゃうんだったら、辞めちゃっていいんじゃない?」

K合の休職経験を聞き(彼は営業から人事に配置転換してもらうことが出来ました)、休職するのもありかなと、その時初めて休職が選択肢の一つに上がりました。

私の当時の貯金残高を伝えたところ、その額では多分治療費含めたら一年ももたないと言われたのも決定打だったかな。

後はK合君の休職してたときにやっておいてよかったこと(会社の人への後ろめたさもあったけど、好きなバンドのライブと、自然に囲まれたところに旅行に思い切って行ったこと)とかもヒヤリングしました。

実家帰って変わり果てた私を見て、両親からももう大阪には戻るなと言われました。
そのコンディションで戻っても皆に迷惑かけるだけだからとも言われました。
元々70kg近く体重あった私なのですが、その時は63kgまで激減!
結構筋肉あったんですよ昔は笑
一度地元にいた掛かりつけ医に行って判断を仰ぐことを勧められました。

以上で、入社してから、

一回目の休職に至るまでについて書きました。

うつ病で診断が出て、休職に入ることになりました。

今当時を振り返って思うこと

 メンタルクリニックにかかる際、具合が悪くなる前過度に元気だった時期がある場合は、それもしっかりと報告するべき。

大体メンタルクリニックにかかる時って、もう体調的にやばくなってて、その時のやばい体調だけ訴えるパターンって多いと思うですよね。で、それでそのまま「うつ病」とかの診断が出る流れになると思うんですけど。

気を付けなければいけないのは、具合が悪くなる前の時期に過度に元気だったり、過活動気味だったりしていたパターンです。

まあこの記事でいう私ですね。

その場合、体調やばくなってる状態が「単極性のうつ病(まあいわゆる普通のうつ病)」なのか「双極性障害うつ病相」なのか、精神科医が事前の情報をしっかり把握してないと、誤診してしまうことが多いんですよね。

「単極性のうつ病」と「双極性障害」とでは、治療する際の薬も変わってきます。

じつは「双極性障害」だったのに、「単極性のうつ病」だと診断されて、治療しても中

々良くならず、実は「双極性障害」だったっということが後々何年も経ってから判明するケースも多いです。

ですので、過度に元気だった時期がある場合(躁病相だと思われる時期)がある場合は、きっちりそこも精神科医に報告しておきましょう。

うつ状態にある人は極度に視野が狭くなる

やっぱり当時を振り返ると、うつ状態で具合が悪くなってる時に会社行ってた時、本当に視野が狭くなってたんだな~って思います。

休職って選択肢もあるのに、「元上司のMさんがタイ赴任するまではなんとか出勤しなければならない」っていう謎の責任感にとりつかれてましたね。

うつ状態にある人って凄い視野が狭くなるのと、「~しなければならない」思考に陥りがちだと思うんですよね。

あの時は、「休職」という選択肢を早い段階でなんで選ばなかったんだろうって今になって思います。

だってもう仕事へのやる気もなくなってて、死にたくなってて、そんな状態で仕事しても皆に迷惑かけるだけだし、働く側からしても会社側からしても、両方にメリットないじゃないですか?

休職するタイミングが早ければそれだけ、復帰出来るタイミングも早くなると思います。

休職という選択肢がない会社(退職しなければならない会社)でも、同じ様な感じになってしまった人がいたら、勇気を持って退職するべきだと私は思います。

仕事は替えがきくけど、体は替えがきかないんで!

 

 それでは!