johnathanTのブログ〜双極性障害について〜

どうも!ジョナサンのブログです。精神疾患を患ってる方へのサポートが少しでも出来るようなブログを発信していこうと思います。

帰国子女ってずるい?そのずるさで生きてきた帰国子女が解説します!

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ども!ジョナサン(Twitter:@Johnathan_cbf)です!

 

今回の記事では、帰国子女ってずるい?そのずるさで生きてきた帰国子女が解説しようと思います。

 

自己紹介させてください。
30歳男性で、双極性障害の治療中のため、現在無職です。
父の仕事の都合(オーストラリア資本の物流会社に勤務。そのためシドニーに駐在。)でオーストラリアのシドニーで生まれ、9歳半まで育ちました。
小学校4年生の2学期に日本に帰国。
帰国子女枠でお茶の水女子大学附属小学校編入しました。

 

私の英語力なのですが、ぺらぺらではないですが、
普通には話せます。
TOEICだと955点です。

 

小学校4年生の2学期~小学校5年生の3学期まで、帰国子女学級に所属していました。
また、私はお茶の水女子大学附属中学校に進学したのですが、附属中学校から、帰国子女枠で編入してくる子達もいました。
高校から日本に帰国してきた子も含め、色んな帰国子女を見てきました。

 

さて、いきなりですが、

帰国子女はめっちゃずるいです!(笑)

もう受験から就職活動から会社に入ってからの評価に至るまで、

ずるすぎると思います。

どうずるいのか自身の体験を含め、

色んな帰国子女を見て「あ~帰国子女ってずりーなー」って思ったポイントを解説していこうと思います。

 

この記事はこんな方にオススメです。

  • 純ジャパの方
  • 帰国子女の方
  • 帰国子女の保護者の方
  • 企業の採用担当の方
  • 部下や同僚に帰国子女がいる方

高校受験の際に感じた帰国子女のずるさ

私のずるさ

過去記事で何度も書いててもう自慢話みたいになっちゃってて、ちょっと嫌なんですけど、私は都立戸山高校という高校を卒業しています。

戸山高校は都立高だと4強の一角で、都立高ならトップ高です。

戸山高校の周りの同級生達見て、戸山高校に入るためにかけた勉強時間や努力量を聞くと、「この人達すげー勉強したんだな」って思います。

もちろん私も勉強はしましたが、多分同級生達と比べるとめちゃ勉強時間少ないと思います。。

中3時の一日の勉強時間は大体30分~1時間半位でした。(塾の講義除いて)

当時、オ〇二ーにはまり過ぎて勉強に集中出来ませんでした。

明日からはオ〇二ーやめて、勉強頑張るぞって意気込むんですけど、元の木阿弥。

漫画古本屋で買って読んだり、オ〇二ーに耽ったりとても戸山高校を目指す中学生とは思えない日々を送っていました。

そんな私がなぜ戸山高校に受かったか。

当時(今でも)都立高校のトップ高は数・国・英は自校作成問題と言って、その高校独自の問題を出してきます。

難易度は高く、そこでどれだけ差がつけられるかで合否が決まります。

私は中3時の時点では、「英語を話す」という意味ではほとんど英語力を失っていました。

しかし、それでも腐っても鯛、帰国子女なため、少し勉強するだけで受験英語で高い偏差値が取れます。

皆が必至こいて英語に費やしてる勉強時間を私は、オ〇二ーや漫画本に費やしていました。

また、英語に費やす時間を数学に回せました。

結果、内申点や理・社の点数は合格者平均を大きく下回っていましたが、

数・英で独自作成問題で圧倒的に差をつけることが出来て、何とか合格しました。

帰国子女じゃなかったら多分戸山高校に受かってなかったと思います。

ベルギーからの帰国子女のEのずるさ

お茶の水女子大学附属中学校から編入してきた、Eという子がいました。

彼はベルギー育ちでフランス語が出来ました。

彼とは住んでる家も近所だったこともあり、

編入当初から卒業まで仲良く割と彼のことを良く知っていました。

彼はサッカーチームに入っていて、ほとんど勉強なんかしてませんでした(笑)

しかもイケメンだったため、当然モテるし常に彼女がいるような子でした。

当たり前ですが、そんな生活を送っていたため、中3の最初の学年での学力テストはほぼビリに近い順位でした。

「俺やばいわ・・・」って言ってたの覚えてます。

そこから猛勉強でもすんのかなとか思いきや、そんなこともなく、

やんちゃグループにいたので遊んでたりやんちゃなことしてたり、

「こいつ高校行けんのか?」って一瞬思ったのを未だに覚えてます。

ところが、彼は都立国際高校に推薦入試で進学しました。

都立国際高校は立派な進学校で、帰国子女の中でもガチ勢が集う所です。

恐らくなんですが、フランス語というマイナー言語だったため、競争相手も少なかったんだと思います。

帰国子女ってずるいですよね(笑)

私の兄のずるさ

私には3個上の兄がいます。

11年半シドニーに住んでいて、中1の2学期にお茶の水女子大学附属中学校編入しました。

編入した後、勉強してる所なんか見たこと無いですよ(笑)

常に家でゲームやってたイメージがあります。

ただ、彼もE同様、中3に入って最初の学年での学力テストでビリから何番目とかの順位でした。

彼の凄い所はそこで危機感を抱いていなかった所ですね。

もう帰国枠入試でしか高校に進学出来ないことを親もわかっていたため、

けつひっぱたいて帰国枠で何とか入れる程度の学力を身につけさせるために、勉強させてました。

それでもそんなに勉強してなかったと思います。

「こいつ大丈夫か?高校行けんのか?」と兄弟仲が悪いながら心配したのを覚えてます。

兄の英語力が帰国子女のガチ勢の中では低い部類に入るため、

都立国際高校は諦めざるを得ませんでした。

結果、都立南多摩高校(今は廃校になったと聞きました)と私立の関東国際高校に帰国枠入試で合格。

都立南多摩高校に結局進学したのですが、都立南多摩高校は当時一応進学校に入る高校でした。

ほとんど中学3年間勉強せず、一応進学校と呼ばれる高校に入学できる帰国子女ってずるいですよね?(笑)

ずるくない帰国子女達ももちろんいる

もちろん中学の帰国子女学級の中では、

英検一級とか受かるレベルの英語力を持ちながら、

早慶の附属高校に一般入試で受かる子もいたし、

東京学芸大学附属高校に受かってる子もいました。

(英検一級を中1で受かるレベルってことは、それだけ日本語も疎かになりがち)

 

英語力ってチートがあるとはいえ、

早慶の附属高校だと国・数・英なので足りてないはずの国語の勉強や、

数学の勉強はしなければなりません。

 

東京学芸大学附属高校に受かるには、

国・数・英・理・社の5科目(だったはず)通らなければなりません。

英語というチートがありながらも、他の4科目を純ジャパの優秀な子達のレベルに追い付かせるには、並外れた努力と素養が必要です。

だって東京学芸大学附属高校って偏差値77ですよ?

ちなみに都立戸山高校が偏差値72です。

東京学芸大学附属高校に進学した子は、その後東大に合格しました。

「帰国子女のずるさ」ではなく「紛れもない実力」で受かったんだと思います。

 

帰国子女の全員が全員ずるいわけではないです。

大学受験の際に感じた帰国子女のずるさ

帰国子女がそのずるさを利用して進学する大学は、

早稲田か上智か青学ってイメージがあります。

知ってるずるい帰国子女達は上記の大学に進学していきました。

帰国子女でも優秀な子は比較的上智に進学するし、

帰国子女でもアホな子は青学に進学するイメージです。

私のずるさ

もう「英語を話す」能力はほとんど失っていましたが、

受験英語に関しては高校受験同様、素養があったため、

模試など受けると高1の終わりの段階で偏差値70程度は無勉で叩き出せてました。

 

私って結構「帰国子女の英語力」にうるさくて、9年半もシドニー住んでたのに偏差値70っていうのがどうしても自分で許せませんでした。

更に高い偏差値を狙うべくウイニング受験英語という、受験英語に特化した塾に高2から通ってました。

毎日せっせと受験英語の勉強してましたよ。

そしたら高2の終わり位から、戸山高校の学年で学力テストとかある度、順位は1~5位の中にいました。(学年320名)

高3に上がる頃には駿台模試で偏差値80出しました。これは驚異的な数値です。

英語だけで言えば東大も楽勝な偏差値です。

でも断っておきますけど、ちゃんと受験英語の勉強してましたからね。

ただ「帰国子女の素養」があったため、同じ時間受験英語の勉強をしても、純ジャパの人達と比べて伸び率が大きいです。

 

ぶっちゃけ英語の偏差値があまりにも高くなり過ぎて、それに浮かれて他の科目の勉強が大分疎かになっていました。

っていうか受験期、塾で知り合った友達と遊んでてあんまり真剣に勉強してた記憶が無いです。。。

 

まあそんなことしてたら、センター試験も滑ってしまい、めっちゃ焦りました。

でも、二次試験で(点数開示されてないからわかりませんが恐らく)英語の点数で大きく他の受験生と差を付け、東京都立大学(当時は首都大学東京でした)に合格しました。

 

まあパッとした大学ではないのであれですけど、帰国子女ってずるいですよね?(笑)

シンガポールからの帰国子女のSのずるさ

いや、これ本当ずるいなって思った話です。

中3の頃クラス一緒だったSという子がいました。

元々中1から編入してきた子です。(どこから帰国してきたのかは覚えてないです)

中3の頃英会話の授業があったので、彼女の英語を見聞きしていたのですが、

確かに中学からの帰国子女なだけあって、ネイティブ並みの英語力でした。

残念ながら、また親の転勤で中3の1学期の終わりごろ(?)シンガポールに転校してしまいました。

その後消息不明でした。

でも彼女は英語は出来るけど、勉強面に関しては「馬鹿」と呼ばれる部類の子でした。

大学に入って上記のEと話してて、

Eが、「うちの親が帰国子女のママ友情報で聞いたって言ってたんだけど、S早稲田の政経行ってるらしいよ」

私「まじで?!Sって馬鹿だったよね?!」

E「いや、馬鹿だったでしょ。多分帰国枠入試で早稲田の政経入ったんじゃないの?」

早稲田の政経って超エリートですよ?!

Sがシンガポールに転校してから、めっちゃ勉強したとかだったら納得しますけど、そうじゃなくてなーなーに過ごしてて、英語力だけで早稲田の政経入ったってなったらめっちゃずるいですよ。

ドイツからの帰国子女のDのずるさ

私が小5の1学期にDという子がドイツ(だったかな?)から帰国してきて、帰国子女学級に編入してきました。

帰国子女学級時代、私めっちゃ学力低くて、学年でも有名なくらい「馬鹿なやつ」でした。授業についていけなかったのと、やる気が無かったからです。

そんな私から見ても、Dはその更に上を行く馬鹿でした。

大体、クラスでテストとかやると私とD(ともう一人Tという子がいた)は追試になります。

追試はさすがに私は通りました。

でもD(ともう一人T)は追試すら落ちて、追試の追試を受けていました。

後、Dと話してて素の頭が悪いなと感じることも多かったです。

私は、小6の1学期の途中位から勉強頑張って、お茶の水女子大学附属中学校に外部受験という形で合格しました。(帰国子女枠で小学校に編入した子は持ち上がりで附属中学に行けない)

Dは、帝京中学に進学しました。今調べたんですけど偏差値は、35-37の中学です。これやばいですよ?!

そんなDでしたが、高1からまた親の仕事の都合でドイツ(だったかな?)に転校したと聞きました。

私が大学に入ってFacebookでDと繋がりました。

高校卒業までドイツの現地校に通っていて、

現在帰国枠で入れる大学を受けている所だと言っていました。

結局現役でも、一浪しても帰国枠を使っても彼が入れる大学は無く、

二浪しました。

二浪の末、青学に受かりました。

Dの中学受験時の偏差値(35-37)から考えたら、

彼の学力で青学に進学できるって、帰国子女ってずるいなって思いました。

イギリスからの帰国子女のTのずるさ

中3の頃同じクラスで結構仲良かったTという子がいました。

中1で帰国子女学級に編入してきました。(イギリスから)

英会話の授業で彼女の英語見聞きしてる限り、

めっちゃイギリス英語でネイティブに近いレベルだったと思います。

元々彼女は陸上やってて、帰国枠とか一般入試とかじゃなくて、

スポーツ推薦で高校行きたがってました。

ところが、志望校に落ちてしまい、偏差値だと多分40台の高校に進学しました。

日本の高校だと偏差値40台ってもうDQNばっかです。動物園みたいな学校も多いと思います。

高1の終わりごろに、中3のクラス会みたいなのがあって、Tも来てたんですが、

もう完全にDQN化しててめっちゃケバくなってました。

多分陸上とかも続けてなかったと思います。

その後、妊娠が発覚して退学・転校になったとか、

転校先でも妊娠・堕胎したとかロクな噂聞きませんでした。

多分勉強なんかして無かったと思います。

ところが、大学に入り、中3の頃仲良かったメンバーで集まった時、

青学通ってた子が、「T今青学いるよ」って言った瞬間、

皆「マジで?!」って言いました。

「まあ勉強したんじゃねーの」って青学通ってた子が言ってました。

青学だったら英・国・歴史だけで受けられるし、

英語に割く時間他の科目に割いてたんだろうなとは推測は出来ました。

けど、偏差値40台の高校に進学する様な子でも青学に進学できちゃう帰国子女ってずるいよなって思いました。

アメリカからの帰国子女のMのずるさ

Mというアメリカ生まれ・育ちで、高2の頃に帰国してきた子がいます。

上智の学祭で国際教養学部のブースにいるのを見て、可愛いなと思い、ナンパしてアドレスゲットしました。

何回かデートしたりメールでやり取りして知ったのですが、

どうやら彼女は生え抜きの上智大生では無い様で、

上智大学短期大学部からの編入生とのことでした。

上智大学短期大学部での成績が良かったため(英語関係の授業が多く、彼女は英語は母語のレベルで話せる)、上智大学国際教養学部編入出来たと言っていました。

上智大学短期大学部の偏差値は48です。

上智大学国際教養学部の偏差値は70です。

ちょっとこれ差大きすぎません??(笑)

いくら成績良くても偏差値で22違う所に編入できるのって凄いですよね。

まあでもMは話してて地頭の良さは感じたので、別にそこまで不満は感じませんでしたけど、それでも帰国子女ってずるいですよね(笑)

私の兄のずるさ

上記に書いた通り、都立南多摩高校に進学した兄でした。

そんな兄が高3に入る位まで、テスト前以外で勉強してるとこなんかほとんど見ませんでした。

基本ゲームしてるイメージです。

私の家は経済的にひっ迫していたため、私立大学に子どもを通わせる余裕はありませんでした。

そういう経緯もあり流石に大学受験は本人も火がついて、高3(言うても高3スタート

って遅いですよ)はちゃんと勉強してました。

東京外国語大学に合格しました。

なんか本人は凄い偉業を達成したかのような顔でいるんですけど、

私から言わせると、中1の2学期までシドニーに11年半も住んでれば、

東京外国語大学って別に凄いことじゃないだろって思ってしまいます。

だって純ジャパが猛烈に英語の勉強してる最中に、他の科目の勉強に時間割けるし、

英語だってちょっと勉強すれば受験者層のトップに簡単に入れますよ。

だって中1までシドニーいたんですよ?!

私の兄は結局、中1~高2までの5年間ほとんど勉強せず、高3の1年間の勉強だけで東京外国語大学に合格しています。

つくづく帰国子女ってずるいな~って思います。

就職活動の際に感じた帰国子女のずるさ

私大学本当遊んでただけで、まあ一般的に言う典型的ないわゆる廃人大学生でした。

丁度私が就職活動していた時期が、丁度就職氷河期の中でも一番厳しかったと呼ばれている時期でした。

結構頭良い奴とか、半年位留学してた奴とか、まあちゃんとしてる奴でも、内定出ない子も中にはいました。

そんな中、苦戦はしましたが、私は大手の化学メーカーから内定を取りました。

化学業界の人だったら知らない人はいない様な会社です。

 

エントリーシートとか書く時って大体帰国子女の子は、海外滞在歴と滞在年数とか書ける欄がるため、私はオーストラリアに9年半って書いてました。

やっぱり(食品メーカーとかは別だけどそれ以外は)、純ジャパの同じ大学の子達と比べてエントリーシートの通過率も高かった様に感じます。

面接の時も好感を持ってもらえます。(それでも超就職氷河期だったため、それが通用するのは2次面接位まででした。。。)

「英語どれぐらい話せるの?」とか

「親は商社かなんかで働いてたの?」とか

色々聞かれた気がします。

 

オープンハウスという会社をご存じですか?

最近よくCM流してる不動産業界のデベロッパーの大手の会社です。

今でこそもう大手クラスになりましたが、私が就職活動していた頃はまだ中堅規模の会社でした。

基本的に誰でも面接が受けられるため、面接の練習にオープンハウス受ける人が当時は多かったです。

私も最初の動機は面接の練習でした。

一次面接が、学生7人位の集団面接だったのですが、なんと荒井正昭社長(ビジネス界では超絶有名な人です)直々に面接官として登場しました。

一人一人履歴書を見ながら面接をしていきましたが、余り好感を持たれてる学生はいませんでした。

いざ私の番になり、私の学歴を見て、「お茶の水の附属っていつから行ってたの?」って聞かれたので「小4の2学期からです」って答えました。

そしたら「どこ住んでたの?」と聞かれ、「オーストラリアのシドニーです」って答え、「帰国子女なんだ、格好良いね~、俺いつかね絶対英語話せる人とそうでない人で収入に差が出る時代が来ると確信してるよ」って言われました。

その後ちょこちょこ会話のやり取りをしたのですが、

明らかに好感を持たれてるなという感じでした。

「うちはこれから海外出ようとしてる企業だから、うちは絶対面白いと思うよ」とまで言われ、暗にオープンハウスに来れば?的なことまで言われました。

一次面接は通してもらえて、二次面接でぼろくそ圧迫面接されて落とされました。

それでも友達でオープンハウス受けてた数名は皆一次面接で落とされてました。

でも二次面接の面接官にも、「お前社長の評価やたら高かったんだけどな~、おかしいなあ」と言われました。

私がしゃべりが立つという唯一の就活上の特技が生かされたというのもあるのでしょうが、①お茶の水女子大学の附属の小中に通っていた②帰国子女だった、という二点で荒井正昭社長の心を掴んだのでしょう。

 

就職活動の時に、お茶の水女子大学の附属の小中に通っていたことも、結構面接官受けは良かったです。でもそれも私が帰国子女だから附属小に編入できてなせた技であって。。

 

結局物凄い苦労の果てに、ある化学メーカーから内定をかなり早い段階でもらえました。

明らかに私より大学色々頑張ってた子達は一向に内定が決まらず、少し申し訳なかったです。

多分大学の頃周りにいたメンバーの中で、私が内定もらえた化学メーカーは知名度こそ低かったけど、2ちゃんねるの業界内の就職偏差値とかは私が一番高かったかもしれません。

一人体育会で野球やってた子がいて、その子は流石にもっと良い会社から内定もらえてましたね。

私、大学何にもしてませんでしたからね(笑)

①しゃべり②帰国子女で英語が出来る、の二つだけで就職活動乗り切りました。

ただ就職活動誰よりも頑張った自信だけはあります!

 

会社の同期も、東大卒だったり、アメフトで関東大会優勝しただの、サッカーで全国大会出場しただの、慶應で体育会やってただのそうそうたるメンバーでした。

正直大学時代なーなーで生きてた私は恥ずかしかったです。

 

多分帰国子女じゃなかったら普通に就職留年してたと思います。

帰国子女って改めてずるいですね~(笑)

入社してから感じた帰国子女のずるさ

私のずるさ

就職した化学メーカーがもう典型的なステレオタイプな古い日系企業だったんですよ。

私の同期は帰国子女とか留学経験者が何人かいましたが、

先輩とかほとんどいないし、管理職層なんか皆無でしたよ。

だから珍しがられて、やたら「こいつは帰国子女」って扱いを受けましたね。

普通入社して部署に配属されてもしばらくは仕事なんかないんですけど、

私が配属された部署は液晶関連の製品を扱ってました。

液晶関連の動向って週単位で変わるんですけど、

情報は基本的に英語で流れます。

日本語訳に正式になってから読んでるととてもじゃないですが、

情報に遅れてしまいます。

そのため、英語で情報が出た瞬間、当時の上司からその資料を渡されて日本語に訳すという仕事をしていました。

「帰国子女」ってだけで既にそこで純ジャパの同期達より一歩先に仕事してることになるんですよね。

 

タイに入社2年目で出張に行きました。

当時の上司と商社のメンバーで一緒に行きました。

当時の上司は超優秀でしたが、英語が話せません。

商社のメンバーより明らかに私の方が英語が話せました。

いつも、当時の上司と顧客回りとかすると、ほとんど当時の上司がしゃべって、

私はだまっているという図式でした。

タイ出張の時に、タイ資本の繊維メーカーとかなりデカい案件の商談をしました。

向こうは、インド人3名、日本人1名、こっちは商社込みで日本人4名でした。

商談は英語。こっちサイド代表して私が英語で先導して商談を進めていきました。

商談は難航して3時間位かかりました。

その間常にほとんど私が英語でやり取りしていました。

商談が終わった瞬間当時の上司から、

「お前の英語凄いな。今日今までで一番したんちゃうんか?」と言われました。

 

タイ出張中他にも、タイ資本の別のメーカーの客先にも寄って、今度は別の商社(名前は出しませんが、専門商社で一番大きい所)交えて打ち合わせしました。

その別の商社の人が、一応「英語が出来る人」という触れ込みの当時タイに駐在していた商社マンでした。

ところが打ち合わせしてすぐ気づいたのですが、大した英語じゃなかったです。

一応「俺の方が英語出来るアピールでもしとくか」と思い、

ちょいちょい打ち合わせの内容はわからずとも英語で質問をしたり持論を述べたりしました。

その後で、その商社マン と当時の上司とタイに駐在している会社の人達で飲みに行ったのですが、その商社マンから「ジョナサン君は英語めちゃくちゃうまい!その時点で俺の(当時40歳前後)武器の8割は持ってるよ」と言われました。

 

タイ出張終わってから私の評価がガラリと変わりました。

今まではどちらかというと、あんまりパッとしない仕事の出来だったのですが、

タイ出張以降「英語がネイティブ」だの「日本語より英語の方が得意」だの言われるようになりました。

国内での仕事はパッとしない私でしたが、

「いずれこの部署の海外案件は全てお前が担当することになると思うで」、

とまで当時の上司から言われました。

 

よほど無能じゃない限り、帰国子女で英語が出来るっていうのがわかっただけでこうも扱いが変わるのかと思いました。

 

帰国子女ってずるいですね。

イギリスからの帰国子女のAのずるさ

さて、そんな期待をされた私でしたが、見事にその後うつ病を発症し休職。

別部署で営業事務として復帰しました。

復帰先の部署にAという同期がいました。

Aも帰国子女でイギリスに住んでいました。

 

会社員って入社3年目位までは別に仕事出来なくても、使えなくても、

あんま怒られたりしないんですけど、

入社4年目以降位になっても仕事出来ないと良い加減叩かれ始めます。

 

Aは入社4年目になっても仕事が出来なかったらしく(私は営業事務だったため、彼女が仕事が出来るのか出来ないのかは分かりませんでした)、周囲からボロクソ叩かれていました。

 

それでも彼女は帰国子女で英語が出来たため、英語を使う海外案件は彼女が担当しました。

海外から子会社や関連会社の要人が本社の偉い人に会いに来るときも、彼女が通訳代わりの仕事をします。

彼女は、「仕事は出来ないけど、英語が出来るから」って評価でした。

 

もう入社8年目位になってて、彼女が仕事出来るようになってるのかはわかりません(めっちゃ上から目線で申し訳ございません)。

でも恐らくなのですが、「帰国子女で英語が出来るから」っていうので、営業をクビになってたりはしないと思います。

彼女がいつまで会社にいるのかわかりませんが、在籍してる間ずっと「英語が出来る」っていうのだけで食ってくと思います。

 

帰国子女ってずるいですね(笑)

最後に

帰国子女ってずるいんですよ。

紛れもない事実です。

でも、その代わり帰国子女の多くは一生をかけても、純ジャパの人達の日本語力には完全には追いつきません(私もそうです)。

後、帰国子女ってずるいって嘆きたくなるのもわかりますが、

もうちょっと生産的な考え方をしましょう。

逆に純ジャパの自分にしか出来ないことを考えてみたり、

学生だったら英会話教室通ったり留学したりして英語を身につけたり、

考えれば帰国子女の英語に負けない何かって絶対作れると思うんですよね。

 

この記事が誰かの参考になりますように。。。

 

それでは!